あなたの苦しみ・悲しみをあなたと一緒に乗り越えたい

2017年11月11日

物的なものはチャチなもの

物的なものは、いかに高価なものであっても、まったくチャチなものです。

『シルバーバーチは語る』p.59

続きは

2015年09月16日

「今日は小林千秋さんの誕生日です」というフェイスブックからのお知らせ

誕生日 003.jpg

今日 フェイスブックからお知らせが届きました。
「今日は小林千秋さんの誕生日です。」
今日 9月16日はチアキの誕生日です。

妻のチアキが他界してからこの案内は3回届いています。
チアキのIDナンバーとパスワードがわからないのでフェイスブックのIDを削除できずにいます。

1回目が届いたのは他界してまだ4ヶ月半ぐらいでまだまだ悲しみの真っ只中だったのでこのお知らせを見て、号泣をしてしまいました。

2回目はチアキが霊界で幸せにしているのがわかっていたので悲しくはありませんでした。
でもちょっとさびしかったですね。

今回の3回目は
「今日はチアキの誕生日だから 帰りに回転寿司をお腹いっぱい食べよう。」と思い、さらにデザートにケーキを買って帰ってきました。

このケーキもボクが食べます。
チアキの誕生日なのにボクがバクバク食べている姿を見て、チアキはきっと喜んでいることでしょう。

フェイスブックのチアキのIDはそのまま残しておくことにします。
「今日は小林千秋さんの誕生日です。」というフェイスブックからのお知らせが来たら、そのたびに回転寿司を腹いっぱい食べて、ケーキを買って帰ることにします。



2015年02月18日

7.私を強くするために去って行った妻「愛する妻を亡くした夫の3か月目の悲しみの癒し」

7.私を強くするために去って行った妻

運命的な出会いで電撃的な結婚を私とした妻。

一緒に暮らした二十数年間、いろいろな苦労にいつも明るく強かった妻。

突然の病にも取り乱すことなく明るく強かった妻。

 妻は私に大きな影響を与えました。妻によって私は明るくなり、そして、すこし強くなりました。

妻は私に学びを与えて、魂を磨くためにこの世にきたのかもしれません。

この世に来る前に二人でそのような約束をしていたのでしょう。

 そして、妻は私をもっと強くするためにこの世から去っていったのかもしれません。

これも約束していたことだったのです。

そうであれば、私の選んだ代替治療で助けられなかった事も決まっていたことなのかもしれません。

 とても愛していたかけがえのない妻が意味もなく、死んでいくわけがないと私は思っています。

全ては二人でこの世に来る前に決めていたことなんでしょう。

 私はこの考えに達した時、どれほど救われたことかわかりません。

三回目の月命日の前にここまでたどり着きました。

 まだまだ、学ばなくてはいけないことがたくさんあります。

そして、もっと強くならないといけません。

妻とむこうで会った時に「がんばったね」と言われる為に。

おわり



最後まで「愛する妻を亡くした夫の3か月目の悲しみの癒し」をお読みいただきありがとうございました。

妻が他界してもうすぐ2年になる今 他界後3か月の頃の自分の文章を久しぶりに見ました。

あの頃は本当に辛かったですが、私にとって必要なことでした。

この文章を書いていたころはまだ読書会に参加していませんでした。

読書会に参加してから 多くの事が私の中で変化していきました。

たくさんの素晴らしい出会いにとても触発されました。

毎週の休みを使って、奉仕活動を本当に無私の気持ちでなさっている方。

大霊の道具として霊的真理の普及活動を始められた方。

定年後の人生のすべてを普及活動に捧げようと計画されている方。

自分の救いから他者への救いの道を歩むことが本当の霊的真理を手にした理由であることを多くの読書会の仲間から教わりました。

導きによって読書会の仲間たちに出会う事ができて本当によかったと感謝しています。

ありがとうございました。



2015年02月17日

6.「魂は永遠」「死は肉体が滅びるだけ」「愛する妻を亡くした夫の3か月目の悲しみの癒し」

6.「魂は永遠」「死は肉体が滅びるだけ」

「魂は永遠」「死は肉体が滅びるだけ」飯田史彦先生やシルバーバーチの本には何回もこのような言葉が出てきます。妻が亡くなる前もこのような言葉を聞いたり見たりしたことはありました。このような言葉に私は興味がありましたが、深く考えたことはありませんでした。

 妻が亡くなった今、この言葉が私に襲いかかってくる悲しみに対抗できる武器になりました。

 「魂は永遠」だとすればつい最近までいた妻がもういないんだいう悲しみに対して、私には見えないだけで、妻はいつも、いつでもそばにいることなります。妻がいない寂しさに襲われた時、「俺に見えないだけでお前は俺のそばにいつもいつでもいるんだよね。」と囁くようになりました。

 妻の行きたいところに行けなくなった悲しみには、「いつか 必ずそこに俺がいくからね、俺がお前を連れて行ってあげるからね。」と囁くようになりました。

 癌の痛みや日々衰弱していくという妻の肉体的な苦しみに対しては、「今は全然痛くないんだよね、体のことは何の心配もなくなったんだよね。」と話しかけています。

 そして、私の選んだ代替治療で助けられなかった事に関しては、妻との出会いや一緒に暮らした二十数年間にも関わることだと考えるようになりました。

つづく